< 工房閑話 サイパン帰行 >
3.Ableと云うこと
F氏が秘書を伴って出迎えてくれた。F氏とは、Eビザ申請手続きに際し、メールと電話で頻繁にやりとりしたものの、実際に会うのは初めてである。幸い、一度に全員の姿を認識できる程度の人しか待ち構えていないので、迷わず認めることができた。出迎えのJTBサイパンのスタッフに断わってF氏の車でホテルに向かう。ホテルはフィエスタリゾート。その昔JTBが建てたホテルで、当時は確かインターコンチネンタルだったと記憶している。お隣のハイアットに泊まり、工事中のホテルを見学した記憶が蘇ってくる。その時、我々以外に滞在していたのは遺骨収集団のみと云うのんびりしたものであった。何しろグアムで乗り継がなければならない時代のことである。
ところが今や、日本語以外に中国語、韓国語ロシア語が聞こえるGlobalなリゾートになっている。
チェックインの際にちょっとした問題が起こった。F氏が確認してくれたところ山側の部屋がアサインされていた。F氏は丁寧かつ毅然と交渉し、海側の部屋を捻出させるべく、フロントの女性を督励しコンピューターを叩かせた。しかしながら、なかなか部屋が出てこない。「もう結構ですから」と云う言葉が出そうになったのだが、この小気味のいい英語のやりとりをもう少し見てみたいという気持ちもあり、暫く見守ることにした。英語は勉強すれば上達するが、英語の上達と交渉力は別物である。「正しい日本語ができない日本人の英語が上達するとどうなるのだろう?」と余計なことが頭に浮かぶ。
そして、とうとう「自分の権限ではこれ以上はできない。」と云うところまでやってくれた。実際、かなり混んでいるようでもあった。するとF氏「Kさんいる?」とMGRと思しき人の名前を出して連絡するよう頼んだ。暫くしてK氏が現れたが、既に状況を察知しているのだろう、あまり楽しそうな様子ではない。「東京から来たとても大切なお客さんなので・・・」とF氏はおかまいなしである。そして遂に部屋が出てきた。この時のK氏の表情がこう言っていた。「今日は日が悪い」。
海側の部屋は有難かったが、それ以上にF氏の言葉に感銘を受けた。「すみません、きちんと準備ができていなくて」。この旅行の手配は私自身が行っており、F氏に責任はないのであるが、彼にしてみると、そんなことは問題ではないのである。「良い滞在でサイパンを楽しんでもらいたい。サイパンに良い印象を持ってもらいたい。」と云う思いだけなのだ。驚くべき当事者意識である。このところ、責任者らしき人達が揃って頭を下げる絵をよく見るが、そこからは「私の責任です」と云う意思が伝わってこない。責任者不在の最たるものは云うまでもなく福島原発であるが。そんな風潮が支配する時代にあって、この姿勢はどうであろう。また、この、相手を逸らさない見事な交渉術。そう云えば、そう云えば、JTBの仲間にも充分にAbleな仁がいたのを思い出した。ともあれ、おかげで、部屋から居ながらにしてサイパンの美しい海を眺めることができた。