工房閑話
「おもてなし」ということ
マナー研修会社代表(元客室乗務員)の「日本人とおもてなしの心」という話をNHKラジオで聴いたが、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて訪日外国人が脚光を浴び、列島は「おもてなし熱」に浮かされていると感じるのは、過剰反応だろうか。
かつて、訪日外国人とは欧米人のことであり、一流と言われるホテルは、その誘致のために特別レートを提供していた。ロビーに白人の姿を認めるのが、ホテルのステータスの証しであったからだが、今となっては微笑ましい話ではないか。今日、様相は一変した。札幌新千歳空港には、国内からの定期便の間を縫って中国からのチャーター便が次々と降りてくる。我が国の観光産業は裾野を含めて、訪日外国人抜きでは成り立たないのである。ものづくり国家から観光立国に宗旨替えしそうな勢いにも見える。その中で「おもてなし」が外客誘致の決定打と云う名誉ある役割を与えられたのである。
NHKに話を戻すと、おもてなしの例として客室乗務員時代の次のようなサービスが紹介されていた。「ファーストクラス、ビジネスクラスの客については各人の嗜好を記録し、引き継ぐのだが、カクテルのマドラーを3回混ぜると撹拌が完了するという引継ぎを受けた乗客の様子をそっと窺っていて、3回混ぜたところを見はからってマドラーを下げた。」究極の日本のおもてなし、恐るべしである。
「おもてなしはかくあるべし」については百家争鳴であるが、文化・風土の異なる訪日外国人(個人の嗜好はさらに分化する)が満足する「おもてなし」を提供するのは、並大抵のことではない。その達人は充分賞賛に価するも、残念ながら「おもてなし」の技ではEビザは取得できない。