工房閑話

 

 

 

オテル・ドゥ・ミクニ

 

 舌禍で謹慎していたテレビ朝日・玉川氏の「フレンチの巨匠」取りあげた復帰レポートが放映された。かつて偶然この店を見かけ、「ずいぶん個性的なホテルだなあ」と興味をそそられたことがある。恥ずかしながら、この有名なレストランのことを知らなかった。と云うのも、どうもフレンチとの相性があまり良くない。社会人として素養を高めるべく、パリのフレンチに行ったことがある。案に違い私の胃にはただただ重かった。恐らく予算が寂しかったせいだろうが、これがトラウマになってしまった。
 
 しかし、紹介されたこの高名なシェフの半生には驚かされた。目標に向かって軸を外すことなく、冷静に力強く進んでいく抜きん出た能力に圧倒された。この稀有な才能を持ってすれば、他の如何なる道に於いても大成したに違いない。その三國シェフが「年内に今の店を閉め、座席数8の店で新しいスタートを切る」と語っていた。玉川氏はこれを原点回帰と評していた。確かに、如何に天才とは言え、大組織を切り盛りしながら、自身が理想とする料理を提供し続けるのは至難の業に違いない。しかし、築き上げた地位を捨てる決断は凡人には難しい。

 

 シカゴで懇意にしていた寿司屋の大将は、渡米後ロサンゼルスの有名店を皮切りに腕一本でアメリカを渡り歩き、彼の地で自身の店を持った。一徹を貫いた末の住宅街の質素で小さな店だが、妥協しない仕事ぶりを愛する人達を引きつけていた。また、多忙を嫌う彼の哲学が創り出した心地よい込み具合と相まって、私に至福の時間をくれた。上方の有名料亭の創始者の名言「店と屏風は広げすぎたら倒れる」を噛みしめる。弊所の屏風は、そうしたくても広げられないので、選択の余地なく原点を実行している。

 

 今年は、彼我の経済力の差に起因していると思うが、アメリカに新天地を求める和食シェフのEビザの依頼が多かった。20代の若者から60代のベテランまで。先日、今年最後の面接が無事終了した。世の中は混迷の度合いを増しているが、彼等の活躍を願いながら新年を迎えるとしよう。


 

                            2022年12月24日

 

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