工房閑話

 

 

 

世界遺産

 

 この連休、西塔復元後の薬師寺を初めて訪れた。創建された当時の姿に近いのだろうが、この鮮やかさがどうもしっくり来ない。おまけに、塗り直されたであろう、東塔の壁のまぶしい白にも落ち着けない。未熟な感性の限界か・・・。

 

 これに先だって、混む前に早めの昼食をと近くの店に立ち寄ったところ、消毒・検温を済ませた後に店主らしき仁から「入店後、感染が疑われるような事があった場合は、出ていってもらいます。」と告げられた。「まあ、この感染状況ではしようがないか」と思ったが、同行の一人が「疑わしいとは、どのように判断するのですか?」と尋ねた。「僕が決めます。オーナーですから。」と返ってきた。そして「ウチはお寺さんがお見えになります。もしお寺さんに何かあったら大変なことになります。何しろ世界遺産ですから!」と続いた。

 

 (おやおやと思ったが、薬師寺の社員食堂ランチも一興と)了解して入ろうとしたところ、彼女は「料理が出てきた後で出ていけと言われた場合、支払いはどうなるのでしょうか?」と糺した。(よくぞ言った!) オーナー曰く「払ってもらいます。僕がオーナーですから。」に彼女がさらに「あなたは感染していないと云う根拠はあるのですか?」と畳み掛けた。見る見るオーナーの怒りが沸騰し始めたので、我々は未だ納得できずにいる女闘士を促して、退散を決め込んだ。薬師寺は入場券売り場のおじさんも世界遺産目線だった。やはり薬師寺は、若草山を背にして大池湖畔から望む遠景に限る。

 

 有難い世界遺産を拝観した後、唐招提寺に向かい、道すがら見つけた蕎麦屋に入った。西の京に似つかわしい店で、遅めの昼を心穏やかにいただくことができ、ようやく人心地がついた。さて、前回訪問時は平成の大修理中であったが、改修を終えた金堂に目をやると、鑑真のゆるぎない使命感が静かに伝わってきて、何とも心地良い空気に包まれる。主義を曲げて連休中の移動を選択したが、喧噪に煩わされることなく、ゆかりの地で、彼の度重なる苦難に向かう姿に思いを馳せる、至福の時を得た。泉下のお釈迦様も喜んでくれていることだろう。


 

                            2022年5月26日

 

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