工房閑話
日本モデルとは
「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で今回の流行をほぼ収束させることができた。まさに『日本モデル』の力を示した。」とは5月25日の宣言解除表明の記者会見に於ける首相の言葉である。その後政府は、特段の感染対策を講ずることなく経済活動に前のめりになり、感染は首都圏から地方へ、若者から高齢者に拡がりつつある。それにもかかわらず2兆円近くを注ぎ込む目玉対策「Go To キャンペーン」の前倒しを決定した。担当大臣は「感染防止策を徹底しながら経済活動を広げていく」としているが、翻訳すると「政府は半額を補助するだけです。安心・安全は皆さん次第ですよ。」辺りだろうか。受け入れ自治体及び一般市民から懸念の声が日増しに大きくなっているが、政府はかたくなに前倒し実施に固執している。キャンペーンを主導している経産省官僚の以下のようなコメントが報道されていた。「多少の感染はしょうがない。経済再開がなければ、感染対策もない。」
無謀な作戦の多かった先の大戦の中でも、インパール作戦はその代表と評価されている。ビルマ防衛のためにイギリス軍の拠点であるインド北西部のインパールを攻略すべく、1944年3月に開始された作戦に、9万の兵が投入され7月の作戦中止で帰還できた兵は僅か1万程度とされている。兵站に重きを置かないのは旧軍のDNAとでもいえる伝統だが、飢餓と風土病に苦しめられ、銃を捨てて飯盒一つで帰ってきた兵は、出迎えた司令官の「敬礼しろ」と言う叱責に、反応すらできないほど疲弊しきっていたと伝えられる。帰還兵が辿った途は夥しい遺体が連なっており「白骨街道」と呼ばれている。この司令官は敗戦に際し「武器がない、食料がないは戦いを放棄する理由にはならない。日本は神州である。」という言葉でも歴史に名を刻んでいる。極東軍事裁判に於いては嫌疑不十分で釈放され、天寿を全うしているが、この時代の兵の命は悲しいくらい軽かった。終戦による価値観の大変革を経ても、旧体制の人材は新体制の中に組み込まれ、その体質が脈々と受け継がれているように感じられる。
台湾、韓国、中国、ドイツ等が徹底したPCR検査で感染をコントロールしているのに、何故我が国に於いては検査数が伸びないのかが疑問だった。危機対応能力の欠如とするにはあまりにもお粗末過ぎる。しかし、首相に影響力の強い経産省幹部の発言から、能力の問題ではなく、政府の本音は「必ずしも収束させる必要は無い」にあるのではないかと思うに至った。何しろ重症者は高齢者に偏っているのだ。こう考えると、コミットメントが伝わってこない、言葉が躍るだけの対策が腑に落ちる。まさかこれが「日本モデル」ではないと思うが・・・。
一方、世界一の感染大国の不名誉を授かったアメリカの状況が、大いに気になるところであるが、再度の経済活動制限を余儀なくされている州も出ている。大統領の対コロナ方針に賛同するフロリダでは、7月12日に経済活動再開後最高の15,000人/日の感染が確認されている。これは最悪の状態にあったニューヨークの13,000人/日をも上回っている。幸い一時期絶望的な状態にあったニューヨーク州は7月11日の感染者数を677人まで減らしている。東京都の約1.5倍という人口比からすると未だ多いが、驚異的な成果である。同州のクオモ知事の緻密で一貫性のある対策と果敢な実行力で、あの五月蠅いニューヨーカーの支持も得ながら成果を導き出している。PCR検査は症状の有無を問わず誰(含む無保険者・不法移民)でも無料で受けられるそうだ。
まさに指導者のコミットメントが明暗を分けている。ニューヨークはかつての日常を取り戻しつつあるそうだが、アメリカのビザ申請再開を待ちわびる人々への福音と云える。現政権への失望がアメリカへの失望に重なることもあったが、敬愛するアメリカの偉大さを再認識することができた。これは「ニューヨークモデル」として胸を張ってよい。
2020年7月15日