工房閑話の閑話(寄稿)

 

 

1970年代の海外旅行


 募集団体ツアーでイタリアを旅行していたときのこと。
 団体ですから利用しているレストランは最上位でもなく最下位でもないまあそれなりの満腹感、満足感が味わえる中庸レストランとなります。とは言えここはイタリア、食事時にはそれなりのマナーは必要なところです。そんなレストランでランチが後半になった頃、どかどか大きな音をたててアジア人らしき3・40人ほどのグループが空いていた向かいの席に入ってきました。近頃はいたるところで中国人・韓国人の団体とぶつかります。どちらの国でも今や海外旅行はブームになっています。世界中、どの国にいってみても団体客を受け入れてくれるレストランはある程度限られています。高級感を売り物にしている、ある程度のキャパシティがなければだめ。同一メニューを同時に大量に提供できるなどとなると限られてしまいます。ですから様々な国から来ているツアー客が一堂に会するということも珍しくはありません。特にランチは時間が限られています。近頃は観光を国策としている国も少なくなく、そのような国ではいたるところで简体字・繁体字・ハングルなどでの案内を増やしています。今まで日本語メニューを用意していたところも、アジアの国の言葉での対応をどんどん進めています。海外旅行ができるアジア人は本当に増えてきました。いいことです。

 

 さて、そろそろ当方のツアーにはデザートが出始めた頃、向かいの席の方でも食事のサービスが始まりました。丁度その時です。我が国でもすっかりなじみになっている匂いが向かいの席から立ちあがりはじめました。大きなタッパーにびっしり詰め込まれているのはなんと真っ赤なキムチ漬けではありませんか。おいおいここは中流とは言えそれなりのイタリアレストランだぞ。なんだ、このすごい匂いは!
見ると中年の女性が声高に自分たちの仲間にタッパーを廻し始めています。あまりにも料理ともレストランの雰囲気ともそぐわない光景に日本人グループはみんな唖然としています。でもそのことを注意する人はいません。レストラン側も慣れているのでしょうか、ウエイターも注意をする様子はありません。まだまだ旅行慣れをしていないひとたちなのだと諦めるしかありません。レストランとしてもいままでさんざん注意をしたけど、押し切られてきたのか。国民性がその習慣をあらためさせようとしないから受け入れるしかなかったのか。幸い今の時間は欧米系の客は少ないからここは見逃すことにするか、だったのか。
 日本人ツアー客はなんとも割り切れない気持ちを抱きながらレストラを足早にでることにしたものです。

 

 でも、この光景どこかで見たことがあるぞ。と、懐かしい記憶が呼び起されます。
 そうです、日本人に海外旅行が広まり始めた70年代、海外旅行中によく見かけた光景です。1970年、この年の日本人の出国者数は66万人。それが1979年には400万人になりました。わずか10年間で一気に6倍に増えたことになります。この急激な伸びに旅行マナー云々が言える時代ではありませんでした。当時の旅行者のほとんどは海外旅行が初めてというひとばかり。2度目というひとはごくわずか。旅行と言えば修学旅行や職場旅行での旅館に宿泊する団体観光に参加したことがあるだけ。そんなひと達が”旅券”を取っていよいよ海外へ出始めた時です。まだパスポートという言葉は広まっていません。ビザも”査証”という呼び方が一般的でした。なにしろ外貨の持ち出しも制限があった時代ですから。
 思いだせばそんな日本人団体客も食事時に同じようなことをしていました。むろんキムチ漬けは出しません。出してきたのは梅干し。そしてぷんぷん匂うぬか漬け。確かに同じような異臭が漂よっていました。でもこれらは慣れない洋食ばかりで食事がすすまなくなったときの非常食でしたが。おかずとしてひと前でバリバリ食べるまではしていません。むろん堂々とテーブルを廻してゆくまではとんでもない。
 しかし、西洋人からみればどちらも同じことに思えたかもしれませんね。

 

 70年代の添乗員がお客様への”旅行中の注意点”で必ず案内していたのがホテルでのマナー。
パジャマ、寝まきで部屋からでないこと。
スリッパのままロビーにでないようにしてください。
浴室ではバスタブの中で身体を洗ってください。
その際シャワーカーテンはバスタブの内側に入れて、お湯がそとに漏れないようにしてください。
絶対にバスタブの外で身体を洗ってはいけません、等々。

 

 今となっては笑いの種にしかならないことを必死になって説明をしていました。実際にお風呂場でのトラブルは数限りなくありましたから説明する方も本気でした。

 

 今の時代、海外から来た旅行客が旅館に泊って、温泉でバスタオルを巻いたまま入ってしまうトラブルが頻発し、一緒にいた日本人客からのひんしゅくをかっています。海外で放映されている温泉番組では確かにバスタオルを巻いて温泉に入っているそうです。勿論裸をテレビに映すわけにいかずやむを得ない演出としてそうしているのですが。それが当たり前のマナーに思っている外国からのお客様も多いのでしょう。

 

 多少のトラブルやマナー違反はあるものの、人々が海外に出かけいろんな国の様々な習慣に触れることはやはり大事なこと。お互い大きな眼でみてゆきたいものです。自分たちも同じことをやってきたのだという反省を込めながら、そう思います。

 

                            木曽士門

 

 

 

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