工房閑話

 

 

 

2021年の終わりに

 

 忘年会でリュート(ルネッサンスリュート)を弾いた。

 

 リュートは16世紀のヨーロッパで隆盛を極めた弦楽器である。その起源については諸説あるが、一説によるとイランのウードと云う楽器が西に伝わってリュートになり、東はシルクロードを経て日本に辿り着いて琵琶になったらしい。形状および音色・音量ともにリュートの方がウードに近い。廃れていった理由についても定説はないが、その音色と引き換えに音量が犠牲になってしまい、近代以降の大会場での演奏に不向きであったことが考えられる。また、個人的には、その最大の持ち味である心地よい音色を出すためには、繊細なテクニックが求められることも、時代に合わなかったのではないかと感じている。興味のある方は以下URLをご覧願いたい。


リュート | 武蔵野音楽大学 (musashino-music.ac.jp)


John Dowland | Now, O Now | Lute Song by Les Canards Chantants - YouTube

 

 この忘年会開催は、学生時代にスペインに遊学した経験のある友人の懸案だったが、昨年はコロナで中止。満を持して臨んだ今年は、ホストがスペイン料理に自慢の腕を振るった。そこでのギター演奏を依頼され、「アルハンブラ」あるいは「アランフエス」がこの場に最もふさわしいだろうと考えたが、現役時代ならともかく、忘年会の座興にしても今の私の実力では手に負えそうにない。代わりに余技として親しんできたリュートを披露することにしたが、想定を超える驚きの反応があった。「絶滅危惧種」故の珍しさもあったと思うが、のみならずリュートの持ち味が、多少とも聴衆の感性に触れたという手応えが感じられた。現代人は、PAシステムを介さずに、楽器そのものの音を聞く機会を失いつつあることへの反作用が、働いているのかも知れない。蛇足ながら、資本主義が科学技術を駆使して自然界に存在しない大音量を創出した結果、有毛細胞を破壊して人類の聴力を奪う現象が起きているらしいが、このことに本能が抗っているのかも知れない。

 

 この1年、日本だけを見ても、指導者の品格は一段と堕ちてしまった。人間の矜持も有毛細胞同様に再生できないのだろうか。先日の大阪の診療内科クリニック放火事件は、痛恨の極みとしか言いようがない。しかし、これほど患者から慕われるドクターがいたことには救われる思いである。人間もまだまだ捨てたものではない。来たるべき年は、人類の復元力に期待したい。


 

                            2021年12月22日

 

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